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【地域】日本人と朝鮮人、阪神風水害(at 1938)でも助け合い[02/18]

1 :■φ ★:04/02/19 11:34 ID:???
阪神大震災からさかのぼること半世紀。県内に多大な被害をもたらした1938年の「阪神大水害」で、
日本人と朝鮮人が互いを救助するために命がけの活動を繰り広げていた。在日韓国・朝鮮人の
研究者らでつくる「兵庫朝鮮関係研究会」(尼崎市)が設立20周年を記念して出版した「近代の朝鮮と
兵庫」に、こうした助け合いの数々が紹介されている。

県災害誌などによると、同年7月3日から5日にかけて460ミリを超える降雨があり、地滑りや
がけ崩れが相次いで発生。大量の土砂が流れ、河川が氾濫(はん・らん)した。県内では、
神戸市を中心に689人が死亡、1463人が負傷したほか、家屋の全半壊約1万4千棟、
浸水約14万棟の被害があった。

同研究会の高祐二さん(38)は、当時の資料から日本人と朝鮮人が救助し合った記述を調べた。
その結果、39年に発行された「湊(みなと)区水害誌」に、自宅が倒壊した朝鮮人の男性が妻と
乳児を残して救助に出かけ、土砂にのみ込まれそうになった日本人の親子を助けた記載が
あることがわかった。

さらに、38年発行の雑誌は、日本人の警察官が朝鮮人の居住地に急行し、朝鮮人を避難
させた後も周辺で救助活動を続けた記事を掲載していた。警察官はこの際、倒壊した家屋の
下敷きになって殉職したとされる。

このほか、「奉仕団」を結成して日本人の救援に向かった朝鮮人のグループや、朝鮮人の
救助に奔走する区役所の職員らが登場する文献なども見つかったという。

95年の震災では、被災した在日と日本人が協力し合って避難所で炊き出しをするなど、各地で
助け合いが見られた。高さんは「植民地時代でも、互いの救助活動があったことに驚いた」と、
65年前に思いをはせる。
(以下略)

ソース
http://mytown.asahi.com/hyogo/news02.asp?kiji=8513

依頼
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1076684854/472

35 :  :04/02/19 23:17 ID:m2yWQPQa
日本人が朝鮮人を嫌いだしたのは、敗戦後の朝鮮人の横暴からだろ。

自称戦勝国民が好き放題やったのを日本人が恨み始めたことが
一番の原因だね。

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